突然そう聞かれ、私は、首を傾げました。
「いわかん…ですか?」
「はい。フォーネスト様は、皇子なのですよ? 何か、おかしいと思ったことはありませんか?」
皇子という単語を強調して、サイードさんは問いを繰り返されました。
皇子として、おかしな点…。
私は、そのことを重点におき、フォーネストさんを思い出します。
「あ…」
パッと浮かび上がった事柄に、思わず声を上げてしまいました。
「思い当たることがあるようですね」
「あの…その…お言葉使いが、とても荒々しく感じます」
「荒々しい、ですか…ふふ」
私の言葉に、サイードさんは、口元に手を添えて笑われました。
「す、すみません」
もう少し、言葉を選んで発言すべきでした。
「ああ、気にしないでください。私が笑ったのは、貴女が一生懸命考えて答えてくれた姿が可愛らしかったからですよ」
サイードさんのその言葉に、目をぱちくりと瞬きます。
私のその要領を得ていない姿を見て、サイードさんは、さらに笑みを強められたあと、スッと表情を消して言葉を紡がれました。
「さて、話を戻しますね。皇子殿下は、10歳まで地下で暮らしていたと、先ほど説明しました。その間皇子殿下は一切の教育を受けておられません。あの方は、自分の部屋を監視する兵士達の会話から言葉を覚えたのです」
「え…あの、お待ちください。兵士たちの会話で覚えたにしては、とても…品がないと言いますか…」
「同じ地位の者や親しい者に対して、敬語で話す者など、貴族ではない限り、使われる方は、あまりおりません」
「…皇子殿下の部屋を警護されているのは、貴族出身の方ではないのですか?」
皇子という身分でしたら、色々な事情によって、位を与えられた騎士が皇子の部屋を警護するのが一般的なことではないのでしょうか?
この世界では、違うのでしょうか…。
「囚人と同列にみられた要人に、そんな見目麗しい人物があてがわれると思いますか?」
サイードさんの言葉に、私は、はっと目を見開きました。
「…皇子殿下の部屋を監視する兵士たちは、皆平民の出なのですよ。それも、作法を知らない方々ばかりです」
「そんな…」
皇子の部屋を守る方々が、そういった無作法者ばかりなんて…。
「差別をするつもりは、その、無いのですが…皇子殿下の部屋を守る近衛の方たちには適していないように思えます」
フォーネストさんのあの荒々しい話し方を聞く限り、きっと粗暴な性格の持ち主に違いありません。
「言ったでしょう。皇子殿下は、忌み子だと。扱いは死刑囚と同じと言っても過言ではありません。皇族の方々は、皇子殿下が死ぬことを願っていたのですから」
「そんな…母君は?」
「真っ先に殺そうとしたと、伺っております」
サイードさんのその言葉に、目の前が一瞬、真っ白になりました。
「正妃としての、矜持と立場を優先した結果ですよ」
我が子よりも、正妃を選んだ…その事実に、目頭が熱くなっていくのを、ぼんやりとした頭でも分かりました。
「では…そうしたら、サイードさんは、本当に愛される事も、愛し方もご存じないのですね」
言葉に表したら、溢れる感情が抑えられず、ボロボロと涙を零してしまいました。
「おやおや、困りましたね…あなたを泣かせるつもりは無かったのですよ」
「す…みませっ。ませんっ」
ボロボロと涙を流しながら、謝る私を見て、サイードさんは、もう一度「おやおや」と苦笑して、私の頭を優しく撫でてくれました。
「これ以上、皇子殿下の話をしては、貴女が涸れてしまいそうですね。続きは、本人に聞いていただくことにしましょうか」
「しっしかっしっ、…っの様な、はな。話っは…」
「皇子殿下は気にしませんよ」
「っ…」
サイードさんの言葉には、そんな感情すら持っていないと言外に言われているように感じました。
「本人に、聞いてくださいね」
「は…い」
小さく頷いて、私は、涙を拭い目の前に座るサイードさんへと微笑みました。
サイードさんも同じように微笑まれて、私をじっと見つめてきました。
「さて、皇子殿下の話は終わりました…ミキさん。貴女が聞きたいことは、他にもあるのではないでしょうか?」
私が、落ち着くのを待って、そうサイードさんは、言葉を紡がれました。
確かに、私が聞きたいことは、フォーネストさんのこと以外にもたくさんあります。
一度、深く息を吸い込んでから、私は、ゆくりと頷きました。
「はい。聞きたいことは、沢山あります」
「私が答えられる限り、全てお話しましょう」
私の前置きに、丁寧に頷かれたサイードさん。
私は、その首肯に導かれるように口を開きました。
「私は、なぜ棺に入っていたのでしょう?本当に死んでいたのでしょうか?」
「ええ、間違いありません。あなたの心臓は止まっていましたよ」
とても、淡々とした口調でした。
過去に起こったことを、サイードさんは丁寧に教えてくださっているというのに、背中にざわりとしたむず痒さを感じました。
それは恐怖に似た悪寒でした。
目の前に座るサイードさんは、始終笑顔で説明してくださっているのに…。
なぜ、彼を怖いと思ってしまったのでしょう?
私は、その恐怖に気付かない振りをして、サイードさんへと再び質問を投げました。
「しかし、私はこうして生きてます。心臓が止まったと、何故、言い切られるのですか?」
この私の問いかけに、サイードさんは、困ったように微笑まれ、首を傾げられました。
「心臓は止まり、貴女の体温も少しずつ下がっていっていたのです…私は、貴女が死ぬ瞬間をしっかりと見ていたのですから、あなたは確かに、一度死にました」
「お待ちください!」
ガタリと大きな音を立てて、私の座っていた椅子が倒れましたが、そんなことを気にしていられるほどの余裕はありません。
私は、机に両手を置いて、対面するサイードさんへと顔を近づけました。
「今、私が死ぬ瞬間を見ていた…と、仰いましたね?」
「ええ、言いました」
にっこりとメガネの奥の瞳を細めサイードさんは微笑まれました。
その彼の態度に、少々眉間に皺が寄りましたが、今はそのようなことに構っていられません。
「サイードさんは、私の死体を受け取っただけではないのですか?」
「ええ違います」
「…では、私は、どうして死んだのですか?」
声が、震えてしまいました。
なぜ私は死んでしまったのでしょうか…それから、私の空白の記憶に、何が隠されているのか…全てを知りたいと願う反面、心の奥で、聞いては駄目だと、警鐘が鳴り響いているようにも思えました。
サイードさんは、私のその葛藤に気づいたように、瞳を瞼の奥に潜め、柔和な笑顔を作られました。
「私が貴女を殺しました」
――。
サイードさんが、怖いと思った理由がやっと分かりました。
瞼に隠された瞳が再び現れ、眼鏡越しに見える冷たい瞳。
それでも、口元には優しそうな笑みが作られています。
――ああ…私は、ずっとこの笑顔に騙されていたのですね。