【約束は、守ってよね☆】

「好きです…ずっと、前から、先輩の事だけ、見てました」
  オレンジ色に染まった校舎裏。
  自分より少しだけ背の低い後輩が、顔を真っ赤に染めて地面を見ている。
「…ごめん、あなたの気持ちに応えられない。本当に、ごめん」
「…っ!」
  がばっと勢いよく上げられた顔。
  耳の上に結い上げられたツインテールが風に揺れる。
  彼女の表情は、涙をぐっと耐えているようだった。
「り…理由を、聞いてもいいですか?」
「後輩以上に見れないんだよ」
「うぅ」
  後輩…この単語に下唇をキツクかみ締めセーラー服のスカートを手が白くなるまで握り締める。
  その耐えてる姿に断った手前、優しくすることも出来ずに黙って見つめた。
「先輩は…最後まで優しいんですね」
  涙声と無理に微笑む後輩。
  その彼女に首を横に振る。
「そんな事ないよ」
「ううん、先輩。やっぱり優しいです。上辺だけじゃなくて…本当の優しさを知ってます。だから私、好きになったんです」
「…ありがとう」
  彼女の言葉を素直に受け取って、安心させるように微笑みを浮かべる。
  後輩も、涙で崩れそうな笑みを必死で作って応えてきた。
「明日…からも、部活に出ます…だから…あの…」
「うん、また明日。部室でね」
  彼女の最後の勇気に笑顔で頷き返す。
  後輩は、それを見てホッとしたように微笑んだ。
「っはい! 失礼します!!」
  ぺこりと頭を下げて、彼女は振り返らずにこの場を後にした。
「これで、5回目かぁ〜…女の子を振るのは」
  自分と同じ制服を着た少女を見送った後、小さく小さくため息を吐いた。



 2年A組のクラス表札を一瞥し、後ろ側の扉を開く。
「創星(そら)…お待たせ」
  窓際の真ん中に座り、夕日に染まった校庭を眺める少女へと声をかける。
「お帰り、神妃(しんぴ)。もう、大丈夫のなの?」
  校庭から視線をこちらに移して、首を斜めにして微笑む。
  その彼女に同じように微笑み返して首肯する。
「神妃は本当にモテモテだね」
  うふふ…と、微笑んで創星は、椅子から立ち上がり、ぎぃ〜と音を立てて机に収めた。
「勘弁して」
  先ほどとは異なった笑顔を送る。
  創星は、からかいを含んだ瞳で私を見つめて更に笑顔を濃くする。
「でも、本当の事でしょう? 羨ましいなぁ〜」
「…あんたの方が、モテてるでしょう」
「ええ! そんな事ないよ」
  ぴたりと扉に寄りかかる私の元に向かってくる創星を見て、一つため息をこぼした。
  セーラータイプのシャツに、藍色のブレザー。膝丈の紺を基調にしたチェックのスカート。胸元まで伸びた少し癖のある黒い髪を藍色のゴムで後ろに一つに束ね、前髪はヘアピンで横に留めている。長い睫に隠れた瞳は大きく、ピンク色のぷっくりとした小さな唇はグロスでも塗っているのか魅惑的に煌いていた。
「同じ容姿…の筈なのに」
「そうだね、どうしてかな?」
「…」
  ぽつりと呟いた言葉に、目の前の創星はにっこりと応える。
「やっぱり、日ごろの行いの違いかな?」
「その毒を他にも見せなよ。そうしたら、きっと呼び出し回数減るよ」
「毒って何の事こと?」
「…ああ、しらばっくれるんだ」
「ふふ…神妃はね、この年頃の女の子が憧れる要素をいっぱい持っているんだよ」
「それって、素直に喜べない」
「ええ〜、褒めてるのに…っま。いいや、早く帰ろう」
  そう言って、私の腕をとり教室の扉を閉める。
  二人並んで昇降口へと向かう。
  ちらりと廊下の窓に映る創星と自分の姿を見る。
  身長も同じ、顔も同じ、着ている物も制服だから同じ。違うところといえば髪の長さくらい。私の髪は、創星よりも少しだけ長い。ポニーテールにした髪は、シャギーを入れているため毛先に近づくにつれ薄くなる。
  これ以外は、同じ場所が多いというのに、どうしてか創星は男子に人気があり。
  私は、女子に人気がある。
「同じ顔なんだから、私だって男子からの告白が一つくらいあっても言いと思うんだけどなぁ」
「まだ言ってるの? 神妃は好きでもない人に告白されたら、その人と付き合うの?」
「そうは言ってない…」
  そう言って口ごもる。
  創星は、どこか非難じみた空気をもって私を見つめていた。
「でも、一度も告白された事がない身としては、やっぱり憧れが…」
「そんな憧れ、帰ったら家のトイレで流しちゃいなよ」
「…そこまで言う」
「いうよ、神妃が下らない事に拘るんだもん」
「あんたには、年齢イコール彼氏いない暦に繋がる気持ちが分からないんだよ! あ、彼氏で思い出した! あんたこの前、3年の斉藤先輩と付き合うって言ってたよね?」
「ああ、うん。別れた」
「は…はぁ〜!? 早くない? その話を聞いてから数日しか経っていないと思うけど!?」
  けろりと告白された事実に、私は驚きのあまり足が止まる。
  創星は数歩だけ私より前に出て、くるりと振り返る。
「だって、やっぱり好きになれなかったんだもん」
「…あんた、さっき。私にそんな事するなって言ってなかった!?」
「反面教師、私のようにならないでね? 神妃」
「可愛らしく言ってもダメ!! な、なんで」
「ん〜…断るタイミングを外しちゃってね…」
「ね。じゃない〜!! 信じられない! 信じられない!! 何でそんなことするの!?」
  怒りに任せて、創星の腕を振りほどいて、大またで彼女の隣を通り過ぎる。
「あと少しで手に入るってのに、横から攫われてたまるか」
「…え?」
  創星の隣を過ぎる一瞬、耳元でとても低い男の声がした。
  くるっと周りを見渡しても、オレンジ色の廊下には、私と創星の姿しかない。
  …気のせい?
  キョロキョロと見渡していた私の目と、創星の目が重なる。
「どうしたの? 神妃」
「…なんでもない」
  首を傾げて覗き込んでくる創星の目から僅かに逸らして、私は、再度辺りを見渡す。
  やはり私の目には、誰も映らない。
「そう? それならいいけど…」
「早く帰ろう…お父さんと、お母さんが待ってる」
「うわっ、ちょっと! いきなり早足にならないで!! 待って、神妃!!」
  突然歩き出した私を追いかけて、創星が小走りで追いかけてくる。
「…何、この手」
  私の右隣に着いた創星の左手は、私の右手をしっかりと握り締めていた。
「また神妃がいきなり走り出したりしないように!」
「走ってないし…邪魔」
  ぶんっと創星の手を振りほどこうと腕を動かすが、予想以上に強く握られて解く事が出来ない。それどころか、さっきよりも強く握り締められ、更に恋人繋ぎをされしまった。
「何…この手」
「うふふ、恋人どうしみたいだね」
「やめてよ、同じ顔でそんな冗談…」
「同じ顔じゃなきゃいいの?」
  至極まじめに聞かれて、私は数瞬言葉を失う。
「…同じ顔じゃなくて、血縁者じゃなくて、異性であればいいの」
「ふ〜ん、そう」
「…周りの目が気になるから手を離して」
「姉妹なんだもん、何が気になるの?」
  にっこりと微笑んで、私の顔を覗き込んでくる。その表情は全てを知った上で聞いてくる時によく向けられる笑顔。
  まっすぐ目を逸らすことなく口元だけで笑顔を作る…この時の創星の顔が一番嫌いだ。
「知ってるくせに」
「私は、神妃のこと大好きだよ」
  私の吐き捨てるように言った言葉に、満面の笑顔を浮かべてそっと手を離す。
「…私も…って、言いたいけど。あまり好きになれない所も多々ある」
  私の言葉に、創星は満面の笑みを浮かべた。
「私は、全部好きだよ」
「…」
  昇降口について、自分の靴箱から黒のローファーを出す。
  カコンと軽い音をたてて、冷えたコンクリートの床に着地する。その靴に足を入れて向かい側を見れば、創星も靴を履き終えてこっちを見ている。
  目が合えばにっこりと微笑んで「帰ろう」と私の横に並ぶ。
  …私は無言で歩き出してバス停へと向かった。



「創星ちゃん、神妃ちゃん。16歳のお誕生日おめでとう!!」
  部屋中に響き渡るクラッカーの音。
  私は、クラッカーから出たテープまみれになりながら、子供の時からこのテ
ンションでお祝いをしてくれる目の前の両親に笑顔で「ありがとう」と告げる。
  …本音言っちゃうとさ、ソロソロここまで盛大に行って頂きたくないのですが。
「もう、16歳になったんだから、そこまで盛大にお祝いしなくてもいいよ〜。すっごく、うざったい」
  創星は笑顔で私が飲み込んだ言葉を吐露。
  アンタってば本当に、親しい人には容赦ないですね。
「って、神妃が思ってるよ」
「転嫁しないでよ!!」
  思ってたけどさ!
「あいかわらず、二人とも仲がいいなぁ」
  回りに飛び散ったクラッカーの中身を、クルクルと腕に絡めて笑う父。
「…そのほかに言う事ないの? お父さん」
「ん? 他?」
  ため息交じりの私の言葉に、目の前の父はキョトンとした顔で見返してくる。
その顔を真っ向から見返してこくりと頷く。
  創星の暴言をそのままにしておいていいわけがない。
  その事をしっかりと注意してもらわないと!!
「あ、ああ…そうか、創星ちゃん、もう言ったのかい?」
  私の言葉を聞いて、父の頭では別の話と繋がったらい…。
  今度は私がキョトンとする番。
  父はそんな私の表情なんて見ないで、創星へと目を向けている。
  創星は父に、にっこりと笑顔を返して肯定とも否定ともとれる反応を返す。
  そして父は、それを肯定ととった様だった。
「そうか…なら、こんな事をしてる暇はないな。マヤ、悪いけどここちょっと空けてくれる?」
「あら、食べながらでもできるでしょ…そう大急ぎで全部をやってしまおうとしなくてもいいんじゃないの?」
  マヤとは私と創星の母。
  父の言葉に、母は呆れた様子でため息を吐く。
  母のその言葉に、それもそうか…と頷いて、再び私へと目を戻す。
  え? …全く話が読めないんですけど?
「さて、それじゃぁ。神妃。気持ちは決まってる?」
「…なんの?」
「創星と結婚する事」
「……はぁ!?」
「あれ? …創星ちゃんから聞いてたんじゃないの?」
「聞いてない!! てか、何その話?」
  父から掛けられた衝撃告白。
  私の驚きに「あれ?」といいつつ、私と並んで座っている創星へと目を向ける。
「まだ言ってないよ」
  創星は悪戯が成功したように微笑む。
「…創星ちゃん」
  父は、がっくりと肩を落として、熱せられたフライパンに広がるバターのよ
うに机に突っ伏した。
「勝手にそう思い込んだお父さんが悪い」
  創星は、ニタニタと笑っている。
  その表情がどこか不自然に見えて、私は眉間に皺を寄せて創星を見詰める。
「なに? そんなに見詰められたら、あたし、照れちゃう」
  くすくすと笑って創星は私の瞳を覗き込んでくる。
  そこで私は、何が不自然に見えたのかやっと思い至った。
「…創星…なんか、男の子みたいだよ」
  そう、さっきから創星は口調や声音、姿は私と同じで女なんだけど…
  なんだろう、創星の何かが男の子を連想させるんだ。
  私の言葉に、創星はとっても嬉しそうに満面の笑顔を向けてくる。
「ねえ、神妃言ったよね?」
  突然、声を低くして言ってきた創星に、私は戸惑う。
  それが行動にも現れて、ちょっと体を後ろに反らして隣に座る創星と距離をとった。
「違う顔で、血が繋がっていなくて、男だったら…結婚してくれるって」
  まるで獲物を捕らえた蛇のようにじっと創星は私を見つめて、せっかくとった距離もあっさりと椅子を引いて縮めてきた。
「…言った…けど?」
  妖しく光る創星の目から反らさずに、私はつっかえながらも言葉を返した。
  だってさ、このまま何も言わないと、負けた気がしたんだもの。
  しかし、この判断は間違っていたのだとこの後すぐに思い知らされた。
  突然、私を見つめていた瞳は瞼に隠され、可愛らしく創星が微笑んだと思ったら…
「じゃあ、約束はしっかり守ってもらわないとね」
  そう言って、とんっと私の唇に、創星の唇が触れてきた。
「え?」
  創星の行動に、どう返せばいいのか迷っていると、創星の体がぐにゃりとひしゃげて見えた。
「えええええ!?」
  水飴の様にぐにゃぐにゃと創星の体が何度か捩れて、また人の形に戻ったと思ったら、目の前に座っていたのは、創星と同じ笑顔を浮かべた全く知らない青銀髪の深い藍色の瞳を持った長髪美青年だった。