あ、またか…
深夜3時。
部屋に設置した鳩時計の鳴き声で正確な時間を知り、芳江は身を強張らせた。
一月前あたりから、芳江は指し示したようにこの時間に目が覚めるようになった。
生理的現象のせいでもなんでもなく、ふと目が冷めてしまうのだ。
そして、毎回、意識が浮上しきった辺りで鳩時計が三回泣いて時間を知ることになる。
最初は、特に疑問を持つことはなかった。
しかし、それが日を置くことなく立て続けに起こると、何かあるのではないだろうかと、疑問と恐怖が胸に広まっていった。
(ああ、またきた)
芳江は、枕元に感じる気配を感じ、ざわりと肌が粟立っていた。
これがなんなのか…芳江には分からない。
毎日同じ時間に目を覚ますようになって一週間が経過した頃、コレはやってきたのだ。
(大丈夫、目を開かなければきっと…また、すぐに消える)
枕元にある気配は、じぃっと芳江の顔を覗きこんでいるようだった。
時々、頬に触れるサラサラとした糸のような物は、きっと覗き込んでくる者の髪の毛に違いない。
芳江は、その気配が消えるまで眠っているフリをして毎日やり過ごしてきた。
体感する時間はその時によって異なってはいたが、ソレがいなくなったのを確認してから鳩時計へと目を向けると、発光塗料の塗られた分針は3時5分を示していた。
(今日は…いつもより長い?)
このまま姿を消す事がないのではないだろうか…、そんなことが頭をよぎった時だった。
「どうして、私をみてくれないの?」
耳元でそう囁かれた。
ぞくりと、体中に悪寒が走る。
(気づかれている!?)
しかし、そうだったとしても今更目を開ける勇気は芳江にはなかった。
まして、確信はないのだ…引っ掛けられてるのかもしれない。
(大丈夫、大丈夫…)
自分に繰り返し言い聞かせ上がる心拍数を落ち着かせる。
「ねえ? どうして、見てくれないの? 私をみて、私をみて…」
私を見て…繰り返し、耳元でそう囁く女性の声。
それが徐々に小さくなっていくことに芳江は気づき、そのまま消えろと念じた次の瞬間だった。
「どうして、私を無視するのよ!!」
消えかけていた声が、悲鳴のように甲高く上がり、芳江は思わず目を開けて布団から飛び起きた。
「はあっ…はあ……はあ…いない…」
飛び起きた時、もう終わったと思った。
しかし、芳江の目には人の姿は映らず、真っ暗ないつもと変わらない室内が目に入った。
恐怖で見開かれた目をそのまま、時計へと移動して時刻を確認する。
3時5分。
時計が示す5分後の数字に、ホッと胸を撫で下ろした。
(ああ、やっぱり気のせいだった…もう、大丈夫)
そう、ホッと胸を撫で下ろし呼吸を整えて、再び布団へともぐり直した時だった。
「やっぱり、気が付いてたのね!!」
「ひいいっ」
目の前に…鼻と鼻が触れ合いそうな近距離に、赤黒く変色した女の顔が現れた。
口元はニタリと歪み、目は落ち窪んで赤茶色の涙を流していた。
よくよく見ると、所々皮膚が剥がれ、べろりと皮が捲れている部分もあった。
毛先に近づくに連れて、茶色い髪は脱色のほかにも、手入れを怠っているように、グチャグチャで、丸く団子状に絡まっている箇所が多く見られた。
芳江は、その姿に恐怖のあまり目をそらせずにいた。
「どうして見てくれなかったの? どうして? どうして? どうして?」
淀んだ瞳は真っ直ぐに芳江の目を見つめて繰り返す。
芳江はその声に「知らない」と何度も呟いた。
「嘘は駄目、駄目よ…私、寂しかったのよ」
そう言って、女はがっしりと芳江の腕を掴んできた。
「いたっ」
強く握りしめられた両腕に激痛が走る。
肉の削げ落ちた指に掴まれたのだ、クッションになるようなものもなく骨の硬い部分が、まるで木の枝を強く押し付けられているような痛みがあった。間接の間に皮膚が挟まれ、じわりと血が滲んでいた。
「え、やだ、やだやめて!! 離して!!」
女はそのまま、ずりずりと芳江を引きずり始めた。
芳江は何度もその腕を振りほどこうともがくがびくともせず引きずられていく。
ちらりと、女の進行方向へと目をやると、そこは形容しがたい恐怖の渦に包まれた暗闇があった。
墨汁のような黒い色をつけた霧が立ち込め、何があるのかも分からない全くの暗闇。
しかし、その暗闇から感じる様々な気配は間違いなくいいものではない。
芳江は再び暴れ、その黒い霧の中へ入ることを拒み続けた。
女はそんな芳江の動きに、動揺する事もなく、着実に距離を縮めていった。「いやぁ!!」
芳江の腕がその黒い霧に飲まれた瞬間、ハッと芳江の目が開いた。
「ゆ…夢?」
ドキドキと高鳴る鼓動。上がる呼吸。
汗が吹き出て纏わり付く着衣。
遮光カーテンの隙間から光が差し込んできた。
ほっと胸を撫で下ろし、額に張り付いた前髪を掻き揚げた芳江の心臓がドクンと跳ね上がった。
「うそ…」
目の前にある腕を見て、芳江は掠れた呟きをもらした。
緩慢な動作で、両腕を目の前に持ってきて手首を見つめた芳江は瞠目した。
両手首には、赤い腕輪のような痣があり所々、うっ血していた。
その赤い部分は、女の人につかまれた部分だった。
「うそ、なんで…どういうこと」
頭が働かず、ジッとその腕の痣を見ていた。
「…残念」
背後から女性の声が聞こえ、芳江はびくりと肩を震わせた。
ゆっくりと、背後へ顔を向けたが、そこにあるのは、真っ白い壁だけだった。
深夜3時。
部屋に設置した鳩時計の鳴き声で正確な時間を知り、芳江は身を強張らせた。
一月前あたりから、芳江は指し示したようにこの時間に目が覚めるようになった。
生理的現象のせいでもなんでもなく、ふと目が冷めてしまうのだ。
そして、毎回、意識が浮上しきった辺りで鳩時計が三回泣いて時間を知ることになる。
最初は、特に疑問を持つことはなかった。
しかし、それが日を置くことなく立て続けに起こると、何かあるのではないだろうかと、疑問と恐怖が胸に広まっていった。
(ああ、またきた)
芳江は、枕元に感じる気配を感じ、ざわりと肌が粟立っていた。
これがなんなのか…芳江には分からない。
毎日同じ時間に目を覚ますようになって一週間が経過した頃、コレはやってきたのだ。
(大丈夫、目を開かなければきっと…また、すぐに消える)
枕元にある気配は、じぃっと芳江の顔を覗きこんでいるようだった。
時々、頬に触れるサラサラとした糸のような物は、きっと覗き込んでくる者の髪の毛に違いない。
芳江は、その気配が消えるまで眠っているフリをして毎日やり過ごしてきた。
体感する時間はその時によって異なってはいたが、ソレがいなくなったのを確認してから鳩時計へと目を向けると、発光塗料の塗られた分針は3時5分を示していた。
(今日は…いつもより長い?)
このまま姿を消す事がないのではないだろうか…、そんなことが頭をよぎった時だった。
「どうして、私をみてくれないの?」
耳元でそう囁かれた。
ぞくりと、体中に悪寒が走る。
(気づかれている!?)
しかし、そうだったとしても今更目を開ける勇気は芳江にはなかった。
まして、確信はないのだ…引っ掛けられてるのかもしれない。
(大丈夫、大丈夫…)
自分に繰り返し言い聞かせ上がる心拍数を落ち着かせる。
「ねえ? どうして、見てくれないの? 私をみて、私をみて…」
私を見て…繰り返し、耳元でそう囁く女性の声。
それが徐々に小さくなっていくことに芳江は気づき、そのまま消えろと念じた次の瞬間だった。
「どうして、私を無視するのよ!!」
消えかけていた声が、悲鳴のように甲高く上がり、芳江は思わず目を開けて布団から飛び起きた。
「はあっ…はあ……はあ…いない…」
飛び起きた時、もう終わったと思った。
しかし、芳江の目には人の姿は映らず、真っ暗ないつもと変わらない室内が目に入った。
恐怖で見開かれた目をそのまま、時計へと移動して時刻を確認する。
3時5分。
時計が示す5分後の数字に、ホッと胸を撫で下ろした。
(ああ、やっぱり気のせいだった…もう、大丈夫)
そう、ホッと胸を撫で下ろし呼吸を整えて、再び布団へともぐり直した時だった。
「やっぱり、気が付いてたのね!!」
「ひいいっ」
目の前に…鼻と鼻が触れ合いそうな近距離に、赤黒く変色した女の顔が現れた。
口元はニタリと歪み、目は落ち窪んで赤茶色の涙を流していた。
よくよく見ると、所々皮膚が剥がれ、べろりと皮が捲れている部分もあった。
毛先に近づくに連れて、茶色い髪は脱色のほかにも、手入れを怠っているように、グチャグチャで、丸く団子状に絡まっている箇所が多く見られた。
芳江は、その姿に恐怖のあまり目をそらせずにいた。
「どうして見てくれなかったの? どうして? どうして? どうして?」
淀んだ瞳は真っ直ぐに芳江の目を見つめて繰り返す。
芳江はその声に「知らない」と何度も呟いた。
「嘘は駄目、駄目よ…私、寂しかったのよ」
そう言って、女はがっしりと芳江の腕を掴んできた。
「いたっ」
強く握りしめられた両腕に激痛が走る。
肉の削げ落ちた指に掴まれたのだ、クッションになるようなものもなく骨の硬い部分が、まるで木の枝を強く押し付けられているような痛みがあった。間接の間に皮膚が挟まれ、じわりと血が滲んでいた。
「え、やだ、やだやめて!! 離して!!」
女はそのまま、ずりずりと芳江を引きずり始めた。
芳江は何度もその腕を振りほどこうともがくがびくともせず引きずられていく。
ちらりと、女の進行方向へと目をやると、そこは形容しがたい恐怖の渦に包まれた暗闇があった。
墨汁のような黒い色をつけた霧が立ち込め、何があるのかも分からない全くの暗闇。
しかし、その暗闇から感じる様々な気配は間違いなくいいものではない。
芳江は再び暴れ、その黒い霧の中へ入ることを拒み続けた。
女はそんな芳江の動きに、動揺する事もなく、着実に距離を縮めていった。「いやぁ!!」
芳江の腕がその黒い霧に飲まれた瞬間、ハッと芳江の目が開いた。
「ゆ…夢?」
ドキドキと高鳴る鼓動。上がる呼吸。
汗が吹き出て纏わり付く着衣。
遮光カーテンの隙間から光が差し込んできた。
ほっと胸を撫で下ろし、額に張り付いた前髪を掻き揚げた芳江の心臓がドクンと跳ね上がった。
「うそ…」
目の前にある腕を見て、芳江は掠れた呟きをもらした。
緩慢な動作で、両腕を目の前に持ってきて手首を見つめた芳江は瞠目した。
両手首には、赤い腕輪のような痣があり所々、うっ血していた。
その赤い部分は、女の人につかまれた部分だった。
「うそ、なんで…どういうこと」
頭が働かず、ジッとその腕の痣を見ていた。
「…残念」
背後から女性の声が聞こえ、芳江はびくりと肩を震わせた。
ゆっくりと、背後へ顔を向けたが、そこにあるのは、真っ白い壁だけだった。