「勝手に寝てろ…オレに構うな」
 あの後、やっとフォーネストさんに追いついた私は、この教会に一部屋しかない客室にフォーネストさんと一緒にいました。
 フォーネストさんは、部屋に着くとすぐに窓際のベッドに寝転がり、私に背を向けて先ほどの言葉を送ってきました。
 …勝手にと、申されても。
 男性と深夜の部屋に二人きりなんて始めてのことです。そんな状況で、落ち着けるはずも無く、私は、フォーネストさんの眠る隣のベッドに腰を下ろしたまま石のように動けなくなっておりました。
 そっと、フォーネストさんに気づかれないように息を吐きました。
 それから、月明かりが差し込んでくる窓へと目を向けます。
 真っ白い月。私がずっと見ていた月と変わりません…異世界へ来ているなんて思えないくらいです。
 目頭が熱くなって、涙が溢れそうになった時、目の前のベッドが軋みました。
 その音に体がびくっと震えました。
 窓からフォーネストさんの寝ているベッドへと視線を移すと、私を見上げてくるサファイアの瞳と重なりました。
 とくん、とその視線を受けて心臓が跳ねました。
 え…今のは、なに?
 不快ではない、けれど、少し切なくなる鼓動に、私は、胸を押さえました。
「何もしない」
 まっすぐ向けられた視線と言葉に、私は、最初何を言われているのか分からず、返事をすることも忘れ、じっと彼の目を見つめておりました。
 その私に、彼は再び気だるげに唇を動かしました。
「生きてる女には興味が無い。安心しろ」
「あ、はい…」
 思わず、頷いてそれから、やっと言葉の意味を理解すると同時に、頬が真っ赤に染まります。
 羞恥でさっきまで以上に、この部屋にいることが窮屈に感じました。
「…さっきから、落ち着きの無いやつだな」
「す、すみません」
「はあ、だから生きてる女は面倒で嫌いだ」
 呆れたような言葉と同時に、信じられない言葉が彼の唇から紡がれたような気がします。
「それって…」
「言葉の通りだ」
 もう付き合いきれないとばかりに、フォーネストさんは、再び背中を向けてしまわれました。
 それから、私はまるで連想ゲームのように起きてからのことを順立てて思い出していきました。
 棺の中で眠っていた私。
 その私を売ったサイードさん。
 棺の中の私を死体だと思い、購入されたフォーネストさん。
 そして、彼の口付けで目を覚ました私。
 彼が口付けたのは、死んでいると思った私で…それから、彼の先ほどの言葉。
 ―生きてる女には興味が無い
 ―だから生きてる女は面倒で嫌いだ
 そこで一つの言葉が頭の中に閃き、さぁっと血の気が引いていきました。
「…ネクロフィリア」
「あ?」
 ポツリと呟いた私の声は、どうやらファーネストさんには届いてなかったようで、なんだと聞き返されました。
 その彼に慌てて、手と首を振りました。
「な、なんでもありませんっ」
 生きている女に興味はなくとも、死んでいる女には興味がある…ということは、私はこのまま殺されてしまうのではないでしょうか…。
「……オレは殺してまで抱く気はねえよ」
 心底心外だとばかりに、そう言ってフォーネストさんは、私に背を向けて眠ってしまいました。
「あ…」
 その彼の背中を見て、自分が大変失礼な態度を取ってしまったことに衝撃を受けてしまいました。
 普通の性癖でない彼を知って、驚いたりする事はきっと変な事ではなかったとは思います…むしろ、正常な反応だったのではないでしょうか。
 それでも、なぜか胸の辺りがチクリと痛みました。
「申し訳ございません」
 彼の背中に向かって小さく謝りました。
 しかしこれは、自分の気持ちを満足させるためだけの謝罪でした。
 そのことに気づいてさらに気持ちが落ち込みます。
 なんと浅ましい事をしてしまったのでしょう。
「気にしていない」
 背中を向けられたままそう言われて、私の胸が一度跳ねました。
 ああ、どうしましょう。
 どうしましょう。
 彼の言葉が、胸の中に温かく広まります。
 そっと、唇に指を乗せました。
 瞼を開けるきっかけとなった温もり…彼の唇。
 その事を思い出して、さらにドキドキと高鳴ります。
 どうしましょう。
 どうしましょう。

 私は、彼に恋をしてしまいました。